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憧れの女性 ドイツ人社会起業家ザビーネ・ビアー女史

昔から、沢山の女性に憧れて、「この人のように、かっこよく仕事がしたい」、「こんなセンスとスタイルになりたい」・・・と、私には、その時々、目標にするロールモデルがいた気がします。そして気づくと、時の流れや成長と共に、自分の嗜好や考え方が、変わったり、進化したりして、また憧れるタイプの女性が変わったりして・・・。

30歳を過ぎてやっと、他人と比べることなく、ありのままの自分を少しずつ認めることが出来るようになったせいか、「自分を捨てて、全くの別人になりたい!」というような自己逃避や、変身願望はなくなり、「この人のこんなところが素敵だな」とか、キャリアや生き方や考え方など、そのまま“一人の女性にぞっこん!”というより、沢山の素敵な女性の、それぞれの一番素敵な部分を寄せ集めて、架空のロールモデルをつくりだし、自分の生き方のヒントや糧にする・・・という風になっていった気がします。これからはこうやって、架空のロールモデルを塑造しながら、ずっと生きていくのかなあと漠然と思っていました。

が、、、、久々にガツンとやられました。

大好きなドイツのオーガニックコスメのブランド「サンタヴェルデ」の創始者であり、現経営者である、ドイツ人起業家のザビーネ・ビアー女史の最新プロジェクト。
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ユニークで素敵なオーガニックコスメを世の中の女性に提供しているだけでなく、CSR・環境保護の活動など、社会起業家的な面は創業時から一貫していて、前から素晴らしい女性だなあと思っていましたが、今回、彼女がプロデュースした、サンタヴェルデからのプレミアアンチエイジングコスメ(xinguセラム美容液xinguフェイスクリーム)の誕生ストーリーを知り、「憧れる」なんて言葉を使うのがおこがましいほどの自分とのレベルの差に愕然とすると共に、久々に、強烈に憧れる女性に出会ってしまったということで、胸が高鳴っています。

ということで、以下、今日は皆さんにも、感動の「xingu誕生物語」について、ご紹介したいと思います。

~誰も知らない、アンチエイジング植物成分を求め、世界へ~

サンタヴェルデは、水を一切使わずに、サンタヴェルデが自社運営するスペインのオーガニック農園で栽培・採集したアロエベラを、水の代わりに主成分として使ったオーガニックコスメであること、また栽培~製造まで一貫して自社工場で行っているという、トレーサビリティーが特徴のブランドです。既にドイツをはじめ、ヨーロッパでは大成功を収めていますが、そこで成功に甘んじないのがこのビアー女史。オーガニックコスメ界にもアンチエイジングのブームが巻き荒れる中、20年以上の経験とノウハウを使って、まだどのオーガニックコスメブランドも、世界の誰も知らない、強力なアンチエイジング成分を見つけだし、専門のアロエベラとあわせて、究極のアンチエイジングプレミアアイテムをつくり出すという、更なる大きな夢を抱き、彼女の情熱とビジョンと実力で見事実現させたのです。

何年も忍耐強くリサーチを続けて、世界で誰も知らないアンチエイジング・マル秘成分を探し出したのが、ここ↓
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ブラジルの右端(南米大陸とヨーロッパとの距離が最短である場所)の、Fortalezaという街の南側、歴史古く、でも現在はすっかり野放し状態になってしまっていたプタンタージュ(農場)↓
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ビアー女史は、ここを、かつてスペインのフィンカヴェルデという農場に拠点を決めたのと同じ直観と勇気で、第2の本拠地として選びました。そして、地元のFortalezaの大学の薬学者などのエキスパートの助けを得、長い間手付かずになっていた秘境の地から、信じられないような効能のある素晴らしいアマゾンの薬用植物を次々と発見していきます。ハーブとしての有効性と、アンチエイジングコスメとしての画期的な成分との両方を満たす“ベスト成分”として選んだのが、鮮やかにユニークな存在感を持って燦燦と輝く、カシューナッツの木の実でした。
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ビタミンとミネラルに富み、アンチエイジング成分として選ばれるための一番重要なポイントである、“卓越した抗酸化作用”を発揮!この地域では、“花嫁の美しさを永遠に保持させる”ものとして、結婚式の際に神に捧げられるのが慣習だそうです。今回のxinguプロジェクトを通して、単なる言い伝えや伝統、迷信などではなく、“科学的に見ても本当にその通り!”だということが実証された結果になりました。
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私はこの写真で、生まれて初めてカシューナッツの実の姿について知ったのですが、その見た目のユニークさと、何だか不思議な凄みのあるアピール力に、まずは圧倒されました。落ち着いてよく観察してみると、天からの重力を感じる実であり(マクロビでいうと“陽(男性)”の力)、同時に母と子(上の部分:下の部分に対応)というイメージも感じ(マクロビでいうと“陰(女性)”の力)、その均衡の下で、胎児のように身を丸めている“子”の部分が、しっかりと上から”母”に守られているような、そんな原始的なパワーという印象を受け取りました。皆さんは、どんな印象を受けましたか?

収穫・製造・加工も、全て手作業で農場の敷地内でというのも、第一本拠地のスペインのフィンカヴェルデの哲学をそのまま引き継いでいます。マリアとアントニオは(従業員の名前も公開)、手作業でカシューナッツの実を摘んだ後、オーガニック認証の定める方法通り、時間を空けずにすぐにプレスして(これも手作業)、実からジュースを取り出します
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また、カシューナッツの一部は、農場内で栽培したものだけでなく、野生のものをアマゾンの森から摘んでくる場合もあるそうです。この場合は、アマゾンの生態に影響を与えない採集量を守ることを厳守し、サステイナブルな活動を一貫させています。
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企業の社会的責任(CSR)も、サンタヴェルデという会社の大きな価値です。

xinguプレミアムアンチエイジングアイテムをつくるにあたって、「使用のハーブやその効果、ブレンドの仕方や活かし方、そして実際の化粧品の配合成分のレシピに至るまで、殆どが、この地域に住む心温かいブラジル人から、無償で提供して貰った」と話す、ビアー女史。その彼らたちの、「先祖代々伝わる貴重な伝統の知恵、そしてそれを隠すことなくオープンに教えてもらったという事実」に対して、xinguアイテムの利益の10%を還元する事を決定、実施しています。知恵という無形価値に対して、イコールとして支払う現実の貨幣という単位の価値。本当の尊厳と平等・・・これが出来なかったために、植民地も、奴隷制も、アメリカの原住民の殺戮etc・・・が起こったとして今までの世界史を考えたら、彼女がしていることって、新時代の始まりを意味する革命ではないでしょうか?そして革命の始まりは、かつて世界各地での搾取をスタートした本人と同じ、やはり“ヨーロッパ”から。。。皮肉な感じもしますが、ヨーロッパが近年環境・オーガニック・CSRをはじめとした分野で世界のリーダー的存在になっているのは、常に征服者としての歴史を歩んできたことと、実は深い関係があるように思います。

xinguプロジェクトから生まれたこの10%は、Caatingaと呼ばれる同地域の開発援助団体への寄付となるそうです。このCaatingaは、男子に比べて圧倒的に権利や価値が低いとされる女子の地位向上を目的に、教育の機会や医療の機関の充実などに取り組んでいます。同団体の啓蒙活動と、また具体的で建設的なクレジットなどの財政保護によって、典型的な伝統父系社会の中において、女性たちは自らの存在価値をみつけ、自尊心を持って、決して大きくはないけれども、活き活きと生きることが出来るようになっているそうです。

ゴーギャンのタヒチの楽園の絵画を思わせる、母と子↓。カシューナッツの実に似ていませんか?
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ちなみに、xinguという名前は、ブラジルの熱帯雨林の源泉ともいわれるxinguという、地域の原住民にとって、力強さと永遠の生殖能力を意味し、神聖として崇められている川の名前に由来しているとのことです。


~以上、xingu誕生物語、お楽しみいただけましたでしょうか?~

私はビアー女史を直接お会いしたことはないのですが、オーガニックコスメエステティシャンである私の友人は、彼女と一回、ドイツのオーガニック見本市(Bio Fach)で、すれ違ったことがあるそうです。いつも、真っ白なTシャツ一枚とか、淡いカーリーブロンドヘアとブルーの瞳に合う薄いグレーのセーター一枚とか、本当にシンプルなスタイルで有名なのだそうですが、辺りがかすんでしまうようなものすごい存在感を放っていたとのことです。・・・「シンプルなセーター一枚で放つ、圧倒的な存在感」。・・・いつになったらそんな風になれるか、一生なれないかもしれませんが、目指せたらなあと思います。

今回、このブログではxinguアイテムについて書かれた、サンタヴェルデのパンフレットから写真イメージを提供させていただきました。
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そう、こんなに素敵な写真を撮っていたメインフォトグラファーは、ビアー女史の夫である、クルト・ビアー(Kurt Beer)氏だったのです。2人は20年前、スペインでのオーガニック農場のスタートからずっと旅を共にし、クルト・ビアー氏は、時にザビーネ・ビアー女史と並んで、時にシャッター越しに、彼女をずっと見つめてきたんですね~。パートナーシップも素敵ですね。本当に憧れ♪
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by mikiogatawestberg | 2008-09-23 19:18 | 女性・Women・Frauen

ギリシャ・アテネの神話~MarsyasとApoll~

今月から、仕事でも、子供たちでもない、自分だけのご褒美デー(友人とのランチなども除く!)を、月に最低2回はつくることに決めました。ただでさえ時間に追われている私にとっては、とっても勇気のいる決断なのですが、これは長期的に見ても、絶対必要な“投資”だと考えています。いつも目の前の事ばかりに目を向けていると、だんだん世界が狭くなってきてしまうし、それは、結局5年後、10年後と考えた場合、消耗し、先細りになっていってしまうからと思うからです。現に今年に入ってから、あまり自分の時間を取っていなかったために、慢性的な疲労を感じたり、本来はアイディアウーマンのはずの私が、中々新しいアイディアが出てこなかったり・・・。

とにかくくよくよせず、実践!ということで、今日は天気もよく、早起きして、朝日に照らされてキラキラの、フランクフルトのマイン川沿いをお散歩しながら、大好きな美術館Liebieghausに行ってきました。
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もともとは、19世紀の終わり、テクスタイルビジネスで財を成したハインリッヒ・バロン・フォン・リービッヒ(Heinrich Baron von Liebieg:注*苗字のLiebieg の前のvonというのは、ドイツでは貴族など、伝統ある良い家柄を示すものとして、今でも苗字にvonがついているドイツ人は、大抵とても誇らしげにしています。ちなみにうちの夫は、「うちも本当はvon Westbergだったのに、戦争の時にvonを取られちゃったんだよ」と、嘘かホントか怪しいことを、本当に惜しそうに、よく言っています・・別にどうでも良いと思うのですが・・・)の私邸(ヴィラ:Villa)であったという建物。外観もとっても趣があります。そして、このLiebighausのテーマである、彫刻・銅像のコレクションとも、とてもマッチしています。
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今日の狙いはコレ↓。いつももっと深く勉強したいなあ~と興味を持っていた、ギリシャ神話アテネにテーマを絞った期間限定展示です。
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門をくぐると、奥の本館まで、大きな木々、庭園彫刻に囲まれた、美しい小道。途端に静けさも増し、一瞬で日常を離れた別世界に気分を導いてくれます。
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大好きな美術館付属のカフェにも、まばゆい陽光りが・・・。うっとりします。
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小さな美術館内は、早朝にも関わらず、初老の夫人や、中・高校生のプロジェクトグループなどで、混み合っていました。

エジプトからはじまり、ギリシャ、ローマ、中世、ルネサンス・ロココ、クラシック、アジア・・・と、時代ごとの展示がありますが、私はまずは、今回のメインのギリシャコーナーへ、直行。

沢山の人物・神のブロンズと、背景の神話がそれぞれ説明されています。それぞれのキャラクターの個性は強烈なものの、登場人物や名前が難しすぎて、私はギリシャ神話は何度読んでも、なかなか人物を覚えられないのですが・・・。どんな物語の背景も、テーマは、愛、嫉妬、憎悪、怒り、権力、暴力、嘘、裏切り・・・など、これでもかというほどの深い感情(ネガティブで恐怖なものが圧倒的に多い)が凝縮されていている感じがします。現代の私たちも、これら、似たような感情に毎日振り回されているわけですが、私たちのそれとは全くレベルが違う!と思いました。現代社会なんて、大人しいものだなあ~と思いました。とにかく全身が感情で出来ているのではないかと思うような激しさです。(神話ということで、伝えられていくうちキャラクターの個性がますます強くなっていくという要素もあるとは思いますが。。。)

ひとつ例をとると、今回のメインテーマでもある、アテネのMarsyasとApollの物語。Apollは、長く音楽の神と崇められていましたが、そこに、天才的な才能を持つフルート奏者Marsyasという人物が現れたとの噂を聞きつけます。そこでApollは、トップの座をかけて、Marsyasとの音楽の決闘をけしかけるのですが、自らの不利を感じ取ったApollは、勝手に勝負のルールを変更し、無理矢理自分を勝利に導くと同時に、「勝者は、敗者を好きに処分できる」との取り決めをします。実力が勝りながらも、権力によって騙され、敗者にされてしまったMarsyasは、Apollの意向により、木に吊るされて、皮(肌)を剥がされるという刑に処されることになってしまったのです。こうしてMarsyasの全身から流れ出た血はは地と川を真っ赤に染めつくし、それ以来、そこはMarsyasと呼ばれるようになった・・・・・というストーリーです。

典型的なギリシャ神話的ストーリーという感じですが、これを芸術的な側面から見た、時代の移り変わりがとても興味深かったのです。古代では、Marsyasが吊るされる場面は再現され、絵画やブロンズとなったものの、皮を剥がされて殺される場面は、ずっとタブーのような感じで、芸術として形で現されることは無かったのだそうです。その佳境の場面が、リアリスティックに全て描かれるようになったのは、ヨーロッパのルネサンスになってからということ。・・・ヨーロッパのルネサンスは、ギリシャ時代の蓋をもう一度開いたと云われていますが、単に芸術的に再生させただけでなく、「過去や背後のリアリティやストーリーまでも、オブラートをかけずにクリアにまっすぐに見つめて取り出す」という作業も、ルネサンスの革命だったのだと感じました。

ちなみに、この生きたまま皮を剥ぐ(skinning)という、ギリシャ時代からヨーロッパに引き継がれた残酷な刑は、暗黒の中世の時代にも、教会の絵画には登場していたようです。
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そして、とても興味深かったのが、この皮剥ぎ(skinning)についての、美術館の分析と考察。
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すぐ横には、なぜか、イギリスの人気ポップスターのロビー・ウィリアムズRobbie Williams)のミュージックビデオクリップが・・・。
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約4分にわたるクリップで、「Rock DJ」という曲で、沢山の美女たちに囲まれながら、ロビーはノリノリで歌い、Tシャツから始まり、ズボン、パンツと、どんどん脱いでいって、最後はすっぽんぽんになって、自信満々に、一生懸命美女たちの注目を集めようとするのですが、美女たちは皆、シラーッとしたり、そっぽを向いて、その場から去ろうとしてしまいます。

「これでもか!」と躍起になったロビーは、なんと、自分のお腹の皮をべろんと下から上に向かって、両手で剥いでいくのです。血だらけになり、次々、胸の筋肉や、おしりの筋肉を鷲づかみにして、美女たちに投げつけていくロビー。美女たちは、悲鳴をあげるところか、血を浴び、ロビーの肉の一部を愛おしく自分の肌に押し付けながら、帰り道から振り返って、ロビーのところに戻ってくる・・・といったストーリー。最後は、ロビーは血も肉も無くなってしまった骸骨となり、ひたすら踊り続けて、クリップが終了します。

高度なCGを駆使しているので、かなりリアリスティックでグロテスクなのですが、この美術館の考察では、現代のロックスターも、このヨーロッパの皮剥ぎの伝統を受け継いでいる(特に、音楽や芸術など、アート面で上手く取り入れている)というのです。確かにロビーは、イギリス人だし、う~ん。歴史は繋がってるんですね?!温故知新?!ちょっと違う?!・・・でも、ギリシャとか、中世とかいうと、私たちの現代とは全く時間的にも心理的にも遠く離れたと思いがちですが、現代の事例とあわせることで、時間と命の連続性を打ち出していく・・・大胆な美術館の試みは、なかなかいいのではないかと思いました。

ちなみに、日本ではロビーウィリアムズは、人気なのでしょうか?ドイツでは、数年前まで、セックスシンボルとして、沢山の女性が、キャーキャー言っていましたが・・・。というのは、このクリップの撮影年も2000年、彼も20代半ばで最高潮の時だったと思うのですが、近年は鬱やコンサートのドタキャン、薬物なんかの噂でかなり落ち目になってしまっているようです。
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by mikiogatawestberg | 2008-09-18 19:50 | 文化・Culture・Kultur

すっかり、秋。

日も段々短くなり、朝晩の冷え込みはまるでもう冬のよう・・・。ドイツは、すっかり秋です。・・・と、頭では分かっているものの、ついつい外出の際に一枚ジャケットを忘れてしまったり、私のウィークポイントの喉元(デコルテ)の空いた服を着ていたり、夏頭からなかなか切り替えができない私は、不注意にそんなことを繰り返すうち、ついに風邪を引いてしまいました。週末は、体もだるく、頭も痛かったのですが、ずっと家にいるのも退屈なので、厚着して、家族と公園に散歩に行きました。

それにしても、秋の日差しは心地よいです。

クリの木の下には、沢山のKastanien(カスターニエン・クリの実)。「ここにも、ここにも!」と、拾い集める、子供たち。つやつやで元気一杯のクリ達。
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ドングリの実は、まだ落ちそうにない、グリーンのものも多かったです。
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↓こちらは、大好きな野バラが、実をつけたHagebutten(ハーゲブッテン・ローズヒップ)。鮮やかなレッドと引き締まったフォームが美しい!
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大きな木に沢山実っている沢山の赤い実↓
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何だろう・・・と近づくと、「それ、毒だから食べちゃダメだよ」と、主人。言われてみれば、グループみたいに小さい粒粒がまとまって固まっていて、確かに何だか毒々しい感じ?!?!
・・・でも、別に食べようとしたわけではないけれど、、、。田舎育ちの彼によると、人間にとってはとっても危険な実ということです。一緒に散歩していると、ベリー系のものを見つけてはすぐに摘んで、食べたり、子供や私に、「コレはダメ!」と教えてくれる主人ですが、経験を積んでいるとはいえ、瞬時に判断する勇気にはいつもびっくりです。・・・私は、どれがダメで、どれがOKと、全然覚えられないので、とりあえず、やっぱり何だか怖いので、何も食べない派です。「コレは大丈夫!」と断言されても、食べるのは気が進まないのは、やっぱり小さい頃から自然に囲まれて過ごさなかったからでしょうか・・・。
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家に帰ってきたらすぐに、沢山集めたカスターニエンで、工作時間。時間の進みが遅い、病気の午後の退屈な時間を、楽しく過ごすことが出来ました♪
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by mikiogatawestberg | 2008-09-15 16:21 | 生活・Life・Leben

次はサッカークラブ?!

ちょっと早いですが、只今スポーツの秋!満喫中です(主に子供が、ですが、、、)。

学校で、多くの男の子たちがサッカークラブに入っているのに刺激を受けたようで、数ヶ月前から、息子がサッカーをはじめたいと言い続けていました。休み時間に皆でサッカーをして遊んでいるようですが、何もしていない子と、クラブに入っている子とでは、当然ですが、差が歴然なようです。はじめは、「本気でやりたいのかなあ?」と疑っていたのですが、どうやら本気みたいな様子なので、主人が近くのクラブに連絡を取り、昨日、本入会する前の連続3回のプローべ(Probe:ドイツ語で「お試し」の意味)の、1回目に行ってきました!

広々としたフィールドに、10代のお兄さんと少年たちが一杯。それだけでも、なんだか、若々しいエネルギーに溢れていて、別世界です(笑)。

すぐに、プローベが開始。4歳の長女も、「サッカーしたい」というので、一緒に体験してみる事に・・・。3歳の次女は、珍しく静かにベンチに座って、興味深そうに見学中。
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一通りの練習に、全部参加させてもらいました。
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2時間のトレーニングを終えた感想は、

長女:「ちょっと、楽しかった」・・・・→一人だけ、年齢的にも小さくて、ついていけない難しいところもあったようです。

長男:「最高だったぜ!」・・・→ドイツ語でしたが、日本語訳すると、ちょっとこんな死語的な言い回しだったので、思わずプッと笑いそうになってしまいました。

ということで、とりあえず明日の第2回目にも、赴くことに。。。

私は小学校の時、体育の時間に数回だけ、サッカーをしたこを覚えていますが、最後まで、自分がフィールドのどの部分に立っていて、ボールが動くたび、どっちに動いたらいいのか全く分からなくて、すごく辛かったのを思い出しました。方向音痴で、短距離走と大きなボール系の競技が苦手だった私の血を引いていないと良いのですが・・・。

もし本当にクラブに入ることになったら、約束どおり私も何かまた新しいことを始めなければいけませんが、、、今回は、隣で親用コースが用意されたとしても、サッカーは選ばないと思います。・・・辛すぎる・・・。また、ヨガを10年ぶりに再開出来たらなあと考え中です。
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by mikiogatawestberg | 2008-09-10 20:57 | 子育て・Erziehung

水泳、始めました。

ドイツは、秋学期が始まってもう1ヵ月が過ぎ、天気もすっかり秋です。子供を連れてお散歩に行くと、カラフルな落ち葉やどんぐりが落ちていて、寄り道が多くなり、いつも以上に帰途に着くまでが長引くのですが、私自身も、そんなゆったりした初秋の日々を楽しんでいます。

秋といえば、スポーツの秋で、子供たちの水泳教室も再開し、1ヶ月以上の夏休みのブランクももろともせずに、3人共ぐんぐん上達していて、つくづく子供の成長、吸収力ってすごいなあと思います。

窓越しにピョンピョン跳ねて準備体操をし、スリムな体でぐんぐん泳ぐ子供たちの姿を見ながら、どんどん体も心も重くなっていく私。そんな姿で、「ガンバレー!」って、旗振っているだけでは、なんだか説得力がないというか、居心地が悪い感じがしていたのです。何より、自分の成長が停滞しているような嫌な気分。
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そんな私(+他の親たち)の姿を見兼ねてか、今学期、通っているスイミングスクールが、親用のコースを用意してくれたのでした!
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もちろん私は即効、申し込み!・・・子供たちの水泳クラスの時間と併せて同時進行ということで、時間や手間の負担がなく、「新聞を読んだりして、ただ待っていた時間」の代わりにオファーしてくれたというのも、素敵です♪

もう2回のクラスを終えましたが、今の私が必要だったのは、正にコレ!っていうくらい、嬉しい水泳との再会でした!!もともと水泳は、小学校6年までスイミングクラブに行っていたので、長年泳いでいなくても、日頃の運動不足でも、リズムやコツを取り戻すまで、そんなに時間もかかりませんでした。何しろ、全身運動で、体が本当に気持ちいい~!血流も、新陳代謝も活発になり、水の中なので負荷も小さく、「楽すぎず、疲れすぎない」という絶妙な点も、3人の子育て+仕事をする母としては、重要なポイントです。

私だけでなく、他の親たちも、皆で口を揃えて、

「これが、必要だったのよね~」と共感。

別レーンで、颯爽と泳ぐスリムで疲れ知らずの子供たちに比べると、動きも遅く、体形も崩れ、すぐに息切れし、泳ぎのフォームも「うーん・・・」という人も多く、あんまり見た目的には素敵じゃないかもしれませんが、諦めて何もしなかったり、自分のことは放棄して、子供にだけ「頑張れ!」とえばっているより、全然素敵じゃないか~!と思いました。

そしてもちろん、楽しむということも大切だし、子供のためとか、会社のためとかだけでなく、忙しい中でも、自分のために何かをするってことを忘れない事もとっても大事。最近、私は、精神的に落ち込む事も、体の疲れを感じる事も多かったのですが、これは、単に忙しいというのではなく、自分のために何かをする時間をきっちり取っていなかった事が原因だったかなあと思いました。

ちなみにインストラクターは、21歳の小柄なスペイン人の男性。

「先生、もう疲れました!!」

と、へーへーいう私たちに、

「君たち、ここは、oma(おばあちゃんという意味のドイツ語)スイミングじゃないでしょ。もっと出来るよ~!」

・・・と、ソフトなスパルタ系。

泳ぎも、単にクロールとか平泳ぎとかだけじゃなくて、実にトレーニングスイミング的なのです。例えば、腕を2回前後に動かしながらクロールの一かきをしたり、片側の腕は前部に固定し、もう片側だけの腕のみで25mを繰り返し泳いだり、5m毎に底に潜ったり水面に出たりを繰り返し進んだり、クルクル時計回りに回転しながら泳いだり、イルカ足(両足をくっつけて合わせて)にして腰の動きだけで泳いだり、カエル足をつけて泳いだりなどなど、色々バリエーションもあって、とっても面白いのです。今までこんな風に水泳を習った事がないので、それもとっても新鮮。

クラスの時間内は、楽しくて大変なので、結構必死なのですが、たまに視線を感じて、ふと目をあげると、遠くのレーンから、娘が私を見つけて、「ママーッ!」と、大きな声で叫んでくれます。ママも、自分と同じことを、同じ時にしているというのが、とても嬉しい様子です。

子育ての目標として、子供たちが何か新しいことをはじめるたびに、自分も何か新しいことを1つはじめられたらなあと思っています。いつも何かに挑戦していたいし、正面向いて指示するのではなく、いつも子供と平行線上に立って、前を見ていたい。そうすることで、大人よりずっと沢山の新しいことに毎日挑戦している子供たちの気持ちも、もっと理解できるようになると思うし、私の声援も、子供にもっと自然な形に伝わるかなあと思っています。厳しい言葉で言うと、「自ら成長する意思を失った親に、子供の教育をする資格はない」・・・自分自身に言い聞かせています。

オリンピックを目指す選手もいるというくらい、充実した施設もうれしい。
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気持ちよく泳いだ後は、食堂で美味しいランチ。天気がよければ、テラスに座るのも気持ちが良いのです。シンプルな幸せ♪
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by mikiogatawestberg | 2008-09-09 21:17 | ウェルネス・Wellness

シンドラーのリスト “真実のオスカー・シンドラー”

映画をはじめ、素晴らしい人物であるヒーローとして語られていたシンドラー。人は誰でも、多面的であり、人生の中で色々なペルソナ(人格)を持って生きているのが普通だと思いますが、溢れるような多さの人間(架空・歴史上・実在の人物)がいる中、特に自分の家族や友人などの親しく近い関係でなく、遠くの人物である場合は、その人と結びつけるイメージは、もしかしたら、1つくらいが限度なのかもしれません。例えば、「ヒットラー=史上最悪の独裁者」、「シンドラー=多くのユダヤ人を救った勇気あるドイツ人」といったように。

でも、やっぱり真横で見ている人物からの視点からは、時に、イメージとは全く違う真実、意外な側面が浮かび上がってくることも・・・

私も多くの人と同じで、シンドラーのイメージは、シンドラーのリストの映画のイメージそのもので、「ユダヤ人を救った類まれなドイツ人」、でした。ただ、1つだけ気になっていたのは、「とんでもない女たらしだった」という噂。なぜかこの事実がずっと、何年も頭のどこかに引っかかっていたのでした。

そんな私がもちろん今回興味をそそられたのは、シンドラーの妻、エミリー・シンドラーの人生について。展示では、2人の人生が、様々な出来事と共に、バイオグラフィーになっていました↓
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20歳で2人が結婚し、工場を持ち、ユダヤ人を助け、、、、、とここまで見ていくだけで、「ユダヤ人を助けたのは、オスカーシンドラーだけの力でなく、エミリーとの共同活動だったんだ・・・」という事実が浮かび上がってきます。映画を観たのは何年も前ですが、最初から最後まで、エミリーの活動どころか、存在すらおぼろげ・・・。実際、登場していたのかも知れませんが、記憶に全く残らないレベルの描かれ方だったのだと思います。
気になるデータは、1949年、戦後に2人がアルゼンチンへ移住していること。続く1957年、オスカーのみがドイツへ帰国し、エミリーは、アルゼンチンに残っています。そして、離婚したわけではないのに、2人はそれから数十年後の、オスカーの死まで、もう二度と会うことはなかった・・・。気になってきませんか・・・?

謎を解く手がかりとなったのがコレ↓「私が、シンドラー夫人(ich bin Frau Schinder)
」・・・(右手の熊手が気になります・・・)
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約50年後、スピルバーグの映画でシンドラーのリストが一躍時の話題となった後に行われた、ドイツの雑誌による、当時86歳・依然としてアルゼンチン在住のエミリー・シンドラーのインタビューです。

そして、衝撃的なタイトル。「夫は英雄だった。でも私は彼が嫌い(Mein Mann war ein Held, aber ich hasse ihn)」
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インタビューは、これでもか!というくらいに、赤裸々に語られていて、もう私は目が釘付けでした。

エミリーは、映画「シンドラーのリスト」を、1回目はワシントンでクリントン元大統領と、もう1回はニューヨークで、全部で2回、どちらもスピルバーグ監督の招待で、鑑賞したのだそうです。

「泣きましたか?」というインタビュアーの質問には、「いいえ、全然」ときっぱり。映画を観て、当時の状況がより鮮明に蘇ってはきたけれど、厳しい現実を生きすぎて、とっくに涙は枯れてしまったのだそうです。戦中・戦後の混乱の大変さは勿論ですが、それ以上に彼女が人生から落胆を受けたのは、夫であるオスカーの存在。20歳で、ほとんど一目ぼれ状態で結婚したものの、直後からの絶え間ない浮気、嘘、裏切り、借金など等。「若い時は誰でも、真実が見抜けないもの。私も馬鹿だった」・・・

「彼を愛していましたか?」との質問には、「ええ、結婚直後までは。でも、初めの浮気が発覚した時に、愛は冷めました」

びっくりだったのは、「オスカーは、工場の経営者としての力量にも欠けていて、実際は女遊びばっかりだった。会社運営、そしてユダヤ人の救出に東奔西走していたのは、この私。」というコメント。もちろん、これは彼女のコメントであり、バイアスがかかってもいると思いますが、反面、86歳になる老女が、「自分がスポットライトを浴びたい」とか、「センセーションを起こしたい」とか、そういう気持ちでいるとは思えないのです。実際、「映画からは、真実が完全に抜け落ちているけれど、そんなことは別にどうでもいい。もうオスカーは死んで、私はこうやって生きている。今自分に与えられた人生を生きるだけ」と言い切っています。

この「映画から、真実が抜け落ちている」理由として、彼女は、映画が、Thomas Keneallyという作家の「Schindlers Ark」という原作を元に作られていること、そして、Keneally氏は、作品を書く上で、一度たりともエミリーのインタビュー取材をしていないことを指摘しています。

ではスピルバーグ監督自身とは?・・・映画シンドラーのリストの撮影の最終段階になり、初めて、エミリーはスピルバーグとイスラエルの撮影現場で会ったのだそうですが・・・

「彼は英語しか話せないし、私はドイツ語とスペイン語。会っても、コミュニケーションさえ、まともに取れなかった」

衝撃的ではありませんか~?・・・でも、同時にとても現実味がある。

一方、映画化がきっかけとなり、イスラエルの土地で、実際に救出した1200人のうち、約300人と、感動の再会が実現したということです。これは、エミリーにとって、感無量だったとのこと。「単にうれしい」とか、そういう感動ではなく、当時の生々しい記憶と共に込み上げてくるものが圧倒的すぎて、描写することが不可能な経験・感情だったそうです。残りの約900人については、再会の呼びかけに応じなかったり、音信不通だったりだそうですが、これに対しエミリーは、

「皆、“過去”にでなく、それぞれの“現在”を、どこかで懸命に生きているはず」と優しく思いを馳せている感じで、そこには見返りや感謝を求める気持ちは、微塵もない姿勢で、とても素敵だと思いました。

私が今回感じたことは、あの映画「シンドラーのリスト」は、“ノンフィクション・ドキュメンタリー”ではなく、事実を素材に、仕立て、念入りに作り上げられた“エンターテイメント”であるということ。そして、「実際に1200人のユダヤ人が救出された事実は正しいものだけれど、それが真実とは限らない」ということ。前回に、私は「伝説は、人から人へ伝えられることで形づくられる」と書きましたが、男から男へ伝えられたシンドラー伝説は、男性のロマンの象徴なのかもしれません。

歴史のなかで、そして今でも、影でひっそり、でも忍耐強く、力強く生きる女性たち。多くを欲しているわけではない。愛し、愛され、共存繁栄していきたいだけなのに・・・。古今東西、男女のすれ違いの永遠性をまた垣間見てしまった気がして、思わずため息が出ました。

エミリー&オスカー、20歳での結婚式の写真。この時オスカーはエミリーに、「Himmel auf Erden(地上の天国)」を約束したのだそう。。。4人の赤ちゃんを流産で失うという悲しみも味わった過酷すぎる人生。
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エミリーは、それでもずっと、結婚指輪を外すことはなかったということです。
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by mikiogatawestberg | 2008-09-04 19:43 | ドイツ・Germany・Deutsch

シンドラーのリスト “本物のオスカー・シンドラー”

スピルバーグ監督の映画・シンドラーのリスト。多くの方がご存知の映画だと思いますが、主人公である実在のドイツ人、オスカーシンドラー(Oskar Schinder)に焦点を当てた期間限定の展示があるということで、急いでフランクフルトにあるユダヤ関連の博物館、
Judengasseに行ってきました。

博物館正面。いつも車で通り過ぎていましたが、実際に中に入ってみるのは今日がはじめて。シンプルでキレイなレンガ造りの建物↓
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入り口に入ると、ウィークデーの日中ということもあってか、学生たちの数グループと、時間のありそうな初老の男女がまばら、、という感じで、空いていました。

それでも、オスカー・シンドラー展のところでは、やはり多くの人が、興味深く見入っていました。

はじめにどーんと目に入ってきたのは、こちら、映画「シンドラーのリスト」の、シンドラー役の俳優(すみません、名前を忘れてしまいました)↓
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向かい側に、本物のオスカー・シンドラー。初めて目にする方も多いのでは??↓
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ヒットラーとほぼイコールにされていた悪者・ドイツ人の暗闇なイメージに、全く別のところからスポットライトをあて、類まれな良いドイツ人として、オスカー・シンドラーを探し出し、スターダムにのせた、天才・スピルバーグ監督。これによって、ドイツ人全体のイメージも、かなりアップしたような?!↓
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映画自体も良い映画だったと思いますが、あそこまで国際的に大ヒットしたのは、その視点の斬新さだったのだと思います。
ドイツでの映画「シンドラーのリスト」のポスター↓
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当時のドイツの人気インテリ雑誌「Der Spiegel」でも、スピルバーグが描いたシンドラーを「Der gute Deutche(良いドイツ人)」として表紙に持ってきて、大きな特集を組んでいます。
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どんなに、悪いこと、良いことをしても、それを目撃して→伝えて→公に伝播させるという流れが無ければ、世の中に広く知られる由もありません。そしてそれは、往々にして、一人の人間の力では不可能なこと。悪行、または善行をした本人の力のみでは、物語になっていきません。

オスカー・シンドラーの場合、1939年にKrakauの地でオスカー・シンドラーに出会い、彼のユダヤ人に対する行いを目撃したItzhak Stern氏が、のちにカナダ人ジャーナリストのHerbert Steinhouseに一部始終を伝え、Steinhouse氏が1949年に書いたオスカー・シンドラーのユダヤ人救済についての記事は、またそれから、そのまま45年眠った後に、公開されました。
カナダ人ジャーナリストのSteinhouse氏↓伝説は、人から人へと伝えられる中で、形になっていくのですね~。
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展示には、実際シンドラーが救済した1200人のユダヤ人のリストがありました。タイプライター打ちで、とっても差し迫る生々しさを感じます。
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イスラエルでユダヤ人たちから“Vater Courage(勇気の父)”と呼ばれた、オスカー・シンドラー↓
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ナゼかVater【father】がドイツ語で、Courageが英語で、混ざっていますが・・・)

次回は、シンドラーの妻、エミリー・シンドラーから見た、びっくり!な真実のオスカー・シンドラー像に迫る予定です。乞うご期待。
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by mikiogatawestberg | 2008-09-04 17:33 | ドイツ・Germany・Deutsch