シンドラーのリスト “真実のオスカー・シンドラー”
映画をはじめ、素晴らしい人物であるヒーローとして語られていたシンドラー。人は誰でも、多面的であり、人生の中で色々なペルソナ(人格)を持って生きているのが普通だと思いますが、溢れるような多さの人間(架空・歴史上・実在の人物)がいる中、特に自分の家族や友人などの親しく近い関係でなく、遠くの人物である場合は、その人と結びつけるイメージは、もしかしたら、1つくらいが限度なのかもしれません。例えば、「ヒットラー=史上最悪の独裁者」、「シンドラー=多くのユダヤ人を救った勇気あるドイツ人」といったように。
でも、やっぱり真横で見ている人物からの視点からは、時に、イメージとは全く違う真実、意外な側面が浮かび上がってくることも・・・。 私も多くの人と同じで、シンドラーのイメージは、シンドラーのリストの映画のイメージそのもので、「ユダヤ人を救った類まれなドイツ人」、でした。ただ、1つだけ気になっていたのは、「とんでもない女たらしだった」という噂。なぜかこの事実がずっと、何年も頭のどこかに引っかかっていたのでした。 そんな私がもちろん今回興味をそそられたのは、シンドラーの妻、エミリー・シンドラーの人生について。展示では、2人の人生が、様々な出来事と共に、バイオグラフィーになっていました↓ 20歳で2人が結婚し、工場を持ち、ユダヤ人を助け、、、、、とここまで見ていくだけで、「ユダヤ人を助けたのは、オスカーシンドラーだけの力でなく、エミリーとの共同活動だったんだ・・・」という事実が浮かび上がってきます。映画を観たのは何年も前ですが、最初から最後まで、エミリーの活動どころか、存在すらおぼろげ・・・。実際、登場していたのかも知れませんが、記憶に全く残らないレベルの描かれ方だったのだと思います。 気になるデータは、1949年、戦後に2人がアルゼンチンへ移住していること。続く1957年、オスカーのみがドイツへ帰国し、エミリーは、アルゼンチンに残っています。そして、離婚したわけではないのに、2人はそれから数十年後の、オスカーの死まで、もう二度と会うことはなかった・・・。気になってきませんか・・・? 謎を解く手がかりとなったのがコレ↓「私が、シンドラー夫人(ich bin Frau Schinder) 」・・・(右手の熊手が気になります・・・) 約50年後、スピルバーグの映画でシンドラーのリストが一躍時の話題となった後に行われた、ドイツの雑誌による、当時86歳・依然としてアルゼンチン在住のエミリー・シンドラーのインタビューです。 そして、衝撃的なタイトル。「夫は英雄だった。でも私は彼が嫌い(Mein Mann war ein Held, aber ich hasse ihn)」 インタビューは、これでもか!というくらいに、赤裸々に語られていて、もう私は目が釘付けでした。 エミリーは、映画「シンドラーのリスト」を、1回目はワシントンでクリントン元大統領と、もう1回はニューヨークで、全部で2回、どちらもスピルバーグ監督の招待で、鑑賞したのだそうです。 「泣きましたか?」というインタビュアーの質問には、「いいえ、全然」ときっぱり。映画を観て、当時の状況がより鮮明に蘇ってはきたけれど、厳しい現実を生きすぎて、とっくに涙は枯れてしまったのだそうです。戦中・戦後の混乱の大変さは勿論ですが、それ以上に彼女が人生から落胆を受けたのは、夫であるオスカーの存在。20歳で、ほとんど一目ぼれ状態で結婚したものの、直後からの絶え間ない浮気、嘘、裏切り、借金など等。「若い時は誰でも、真実が見抜けないもの。私も馬鹿だった」・・・ 「彼を愛していましたか?」との質問には、「ええ、結婚直後までは。でも、初めの浮気が発覚した時に、愛は冷めました」 びっくりだったのは、「オスカーは、工場の経営者としての力量にも欠けていて、実際は女遊びばっかりだった。会社運営、そしてユダヤ人の救出に東奔西走していたのは、この私。」というコメント。もちろん、これは彼女のコメントであり、バイアスがかかってもいると思いますが、反面、86歳になる老女が、「自分がスポットライトを浴びたい」とか、「センセーションを起こしたい」とか、そういう気持ちでいるとは思えないのです。実際、「映画からは、真実が完全に抜け落ちているけれど、そんなことは別にどうでもいい。もうオスカーは死んで、私はこうやって生きている。今自分に与えられた人生を生きるだけ」と言い切っています。 この「映画から、真実が抜け落ちている」理由として、彼女は、映画が、Thomas Keneallyという作家の「Schindlers Ark」という原作を元に作られていること、そして、Keneally氏は、作品を書く上で、一度たりともエミリーのインタビュー取材をしていないことを指摘しています。 ではスピルバーグ監督自身とは?・・・映画シンドラーのリストの撮影の最終段階になり、初めて、エミリーはスピルバーグとイスラエルの撮影現場で会ったのだそうですが・・・ 「彼は英語しか話せないし、私はドイツ語とスペイン語。会っても、コミュニケーションさえ、まともに取れなかった」 衝撃的ではありませんか~?・・・でも、同時にとても現実味がある。 一方、映画化がきっかけとなり、イスラエルの土地で、実際に救出した1200人のうち、約300人と、感動の再会が実現したということです。これは、エミリーにとって、感無量だったとのこと。「単にうれしい」とか、そういう感動ではなく、当時の生々しい記憶と共に込み上げてくるものが圧倒的すぎて、描写することが不可能な経験・感情だったそうです。残りの約900人については、再会の呼びかけに応じなかったり、音信不通だったりだそうですが、これに対しエミリーは、 「皆、“過去”にでなく、それぞれの“現在”を、どこかで懸命に生きているはず」と優しく思いを馳せている感じで、そこには見返りや感謝を求める気持ちは、微塵もない姿勢で、とても素敵だと思いました。 私が今回感じたことは、あの映画「シンドラーのリスト」は、“ノンフィクション・ドキュメンタリー”ではなく、事実を素材に、仕立て、念入りに作り上げられた“エンターテイメント”であるということ。そして、「実際に1200人のユダヤ人が救出された事実は正しいものだけれど、それが真実とは限らない」ということ。前回に、私は「伝説は、人から人へ伝えられることで形づくられる」と書きましたが、男から男へ伝えられたシンドラー伝説は、男性のロマンの象徴なのかもしれません。 歴史のなかで、そして今でも、影でひっそり、でも忍耐強く、力強く生きる女性たち。多くを欲しているわけではない。愛し、愛され、共存繁栄していきたいだけなのに・・・。古今東西、男女のすれ違いの永遠性をまた垣間見てしまった気がして、思わずため息が出ました。 エミリー&オスカー、20歳での結婚式の写真。この時オスカーはエミリーに、「Himmel auf Erden(地上の天国)」を約束したのだそう。。。4人の赤ちゃんを流産で失うという悲しみも味わった過酷すぎる人生。 エミリーは、それでもずっと、結婚指輪を外すことはなかったということです。
by mikiogatawestberg
| 2008-09-04 19:43
| ドイツ・Germany・Deutsch
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